石田  貢

平成20年7月15日

 JCを卒業して38有余年になる。入会の際、三役の面接を受け入会動機、JCに対する知識等多様な質問を浴びせられた。私に対する人物評は余程芳しからざるものだったらしい。現役時代の5~6年間は、遊び歩いたり、真面目にJC論議をしたり、道内各地を巡り巡ったりで貴重な経験を味わった。その中から脳裏の片隅に留まって未だに消えないもののいくつかに触れてみたい。暇つぶしに目を通して戴ければ光栄である。

「ザ・スパイダースショー」
 今では到底信じられない出来事である。HBC支局長のT会員から、アイドルスターが出演するエレキバンドのショーをJCが主催してはどうかとの提案があった。
 理事会で大論争のすえ結局時の理事長の決断で主催することになった。私は、広報委員長の役職にあった。当時、エレキバンドは青少年の健全育成に有害であると言われた時代で、エレキギターへのアレルギーが横溢している時勢だったのである。そんな時勢に反逆して敢えて主催しようとするのである。しかも地域住民のオピニオンリーダーを自認するJCがである。広報委員長がJCのスポークスマンとして怖い怖いPTAと生活指導の先生方と対峙する羽目になった。結局保護者の同伴とショー閉幕後のアフターケアに万全を期すことで納得してもらうことになった。私は、この活動から2つのことを学んだ。1つは、理事会で活発な論争があっても一旦理事会で決定した暁は、理事たる者は対外的には自己の主張を述べるべからず。2つ目はJCの活動は地域住民に理解を得られるだけの説得力あるものでなければならないと言うことである。

「青年の樹」
 市民会館の正面玄関前に3本のアルミ製のオブジェがある。地区会員大会を主管したときに、苫小牧の未来を創造するシンボルとして論議のうえ記念事業に建立を決めたものである。結婚、子供の出産、受験合格記念等々その人の節目、節目の出来事を記念してアルミ製の玉を枝木につけ、恰も樹木に実がなるがごとく育って欲しいと願い、やがて3本の人造の柱が増え「希望の森」に進化することを夢みたのである。現在は枯れ木のまま放置されているのは寂しい限りである。寄付を受けた市に当時の事情を知る職員がいなくなったこと。JCは寄付した側でとやかく言える立場にないこと。玉をつけるには結構工事費がかかること等々で雨水に晒されているのかも知れない。何か方法はないものだろうか。

「交通遺児育英基金」
 苫小牧市内を縦断する国道36号線が「棺桶国道」と言われていた時代、地元に交通遺児育英基金制度が市民の手で創設することはできないだろうか。JCがその契機をつくれたら本望だと思った。成算があった訳ではない。今は亡き先輩が紹介してくれた日本の代表的テノール歌手五十嵐喜芳氏のリサイタルショーをその契機にすることとした。私は開幕の舞台でこのリサイタルを主催するJCの目的を述べ、聴衆に制度創設について協力を仰いだ。基金は収益金30万円位でスタートしたと思うが、現在も個人又は団体から寄付金がよせられていること風聞し我意を得たりの思いである。JC活動は市民の共感を得ることが大事であることを学んだ気がする。現役諸君、君が理事又は委員長に就任したら、その挨拶替りにビール一杯分の浄財を基金に寄付して戴ければ提言者としてはありがたい。

「都市再開発に関する市民アンケート調査」
 今は、何事もなかったかのように商業活動が行われ、駅前通りをバスが往き来している。当時、駅をどう建て替えるか、駅から現グランドホテルニュー王子前を経由して36号線に至る市道を「副道」とした駅前都市再開発計画がすすめられていた。市議会で当然議論されるだろうが、オピニオンリーダーを自認するJCとしては拱手傍観している訳には行かない。
 「副道」が整備されれば、当然物流、人の流れ、商店街に影響があると思われるにもかかわらず、商業界からの反応は鈍く、又一般市民の反応もいまいちであった。都市再開発は官主導よりは民意が色濃く反映されるべきだと思い、ともかくJCのやれることがあれば、今こそ会員の知恵と行動力を示すべき時機であると確信し、提示されている再開発計画に対して市民がどう考えているのか、広くアンケート調査を実施することにした。会員は精力的に街頭、職場、公共施設などにアンケート用紙を配布して廻った。調査は各界から概ね好意的な協力を得て成果が得られたと思う。
 更に、駅舎の改築をはじめ駅前広場の再開発について国鉄管理局との懇談会も視野にあったが、準備期間がなく実現できなかった。残念だったのは、ひそかに期待していた商業会の次代を担う青年たちから反応が感じられなかったことである。

「中華民国との国交断絶前夜」
 その時、台湾の台中でJCのアジア大会が華やかに開催されるはずであった。既に日本JCの先発隊は台湾にあった。ところが、雲行きが怪しくなってきたのである。我国が中華人民共和国と国交を樹立するらしいとの情報が流れてきたのである。これはヤバイ。
 東京のホテルで待機していた出発前夜、臨時ニュースで中華人民共和国との国交樹立のニュースが流れた。翌朝か当日深夜か記憶が薄れているが、時の大平外務大臣の重大発表が放送され、台湾とは国交が断絶されることになった。今更、渡航中止を決めるのも癪だし、旅費、登録料が還付される保証もない。どうしようか同行委員と思案していたらJALの添乗員が飛んできて香港経由で台湾入りすると言う。JALは台湾の空港に乗り入れができなくなり、香港で別便に乗換えて台湾に入国することになった訳である。台湾の日本JC首脳からアジア大会に参加する会員の言動には特別の注意を払うよう強い要請があった。
 台北空港に降り立ったとき、国交断絶した昨日の今日である。台湾の人達からどんな迫害を受けるかも知れない恐怖感に襲われ、その緊張は相当なものだった。
 入国審査を経て回転テーブルから荷物の受渡しを受けるとき、空港職員から、国交断絶は政府間のことで、民間人の交流をも断絶するものでないから、台湾の人達はJCの皆さんに手は出さないと言われて少しは安堵したが、矢張り緊張感は拭い切れない。
 翌日、開催都市で駅前から大会会場附近まで参加国JCの市中パレードが予定されており、日本の参加JC団には両サイドに儀じょう兵らしき軍人の護衛がついて物々しく、いつ石礫が飛んでくるか気が気でなかった。台湾は初めての海外旅行であったが、幸い何事もなく、可愛らしい女子大生の市街観光案内もあったりして結構楽しい経験を味わった。これが癖になったのかその後数度台湾に行くことになったが、国交断絶の際の極度の緊張感は今でも鮮明に蘇ってくる。
駄文を労したが、そろそろ筆を置くことにしよう。40歳になれば否応なしに卒業である。現役諸君には大いにJCを楽しむことを願って止まない。

次の紹介者:古戸 寅雄 先輩です。

【事務局より】
 石田先輩、ご寄稿ありがとうございました。如何なる視点で、如何に考え、どう行動すべきかについて、深いご示唆を戴きました。現役一同、肝に銘じて活動して参ります。
 次は石田先輩からご紹介いただきました古戸 寅雄先輩です。お楽しみに!!

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